きっかけは2025年9月19日に突如出された大統領令です。
その一連の流れについて「ハワイに住む」編集部がまとめ、アメリカの移民法・ビザ関連の法務に強いGO法律事務所の栗原幸花先生に、コメントをいただきました。
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そもそもH-1Bビザとは?
前提となるH1-Bビザについて「ハワイに住む」編集部が解説します。
H1-Bビザとはアメリカの企業が高度な専門知識を持つ外国人労働者を一時的に雇用するための就労ビザです。IT・エンジニア・医療・金融・教育など、専門職(Specialty Occupation)に従事する人材を対象としています。
申請は原則として雇用主(スポンサー企業)が行う必要があり、労働条件や給与水準については、米国労働省(DOL)が定める要件を満たす必要があります。
H-1Bビザの有効期間は通常3年で、最長6年まで延長可能。また、永住権(グリーンカード)申請のステップとして利用されるケースも多く、外国人労働者にとっては米国でのキャリアを築く重要なビザ制度となっています。また、IT系企業が多くH1-B社員を採用していることで知られ、アメリカのIT業界発展の一助ととなってきたとも考えられています。もちろん日本企業でもH1-B採用を行っている企業はあり、H1-Bビザ=中核社員の人材確保の主たるビザの一つです。
しかし専門職ビザの外国人労働者活用は、トランプ大統領の掲げる「アメリカ・ファースト」の考えに反するものだったようです。
9月19日:トランプ政権がH-1Bビザに10万ドルの新規手数料を突如発表
2025年9月19日、トランプ大統領は突然、H-1Bビザの新規申請に対し10万ドル(約1,480万円)の追加申請料を課すという大統領令を布告しました。施行はわずか2日後の9月21日午前0時1分(米東部時間)とされ、発表から実施までの猶予が極めて短かったことから、企業・ビザ申請者・法律関係者の間に激しい混乱が広がりました。
当初は「新規申請のみ」が対象とされるとの見方が強かったものの、布告の文言には曖昧な点が多く、既存のH-1B保持者や更新申請、国外滞在中の再入国者にも適用される可能性があるのではないかという不安が噴出しました。
9月20日:行政と政権の説明が食い違い、混乱が拡大
大統領令発表の翌日、USCIS(米国移民局)や国務省は緊急FAQを発表し、「10万ドルの追加申請料は新規申請時のみ対象。既存のH-1B保持者や更新には適用されない」と説明しました。しかし、同日、政権幹部の一部から「更新にも適用する可能性がある」との発言がでるなど、”誰も正解がわからない”状態に。
とくにH1-Bビザの社員を多く抱えるIT企業や大学などは対応方針を固めきれず、特に海外に一時滞在中だったH-1B保持者の間では、「9月21日以前に急いでアメリカへ戻る」動きが広がりました。
9月21日:布告発効、現場で混乱続く
米東部時間9月21日午前0時1分、布告が正式に発効。以降、新規H-1B申請には10万ドルの追加料金が義務づけられました。しかし、USCISのオンライン申請システムが直前まで対応していなかったことや、領事館ごとの判断基準のばらつきから、現場では大きな混乱が発生しました。
一部の米国領事館では、申請者が「新規」か「既存」かの扱いが統一されず、面接延期や追加書類要求が相次いでいるなど、情報はまだ錯綜しているようです。
栗原先生の9月25日時点のコメント:
”今後の運用方針はまだ流動的。いまは在米のH1-B保持者は出国は控えるべき”
GO法律事務所・栗原先生:
2025年9月22日時点での最新情報です。
2025年9月21日午前0時1分(米東部時間)より、10万ドルの新規手数料の支払い証明がないH-1Bビザ/ステータス保有者の米国入国を制限する大統領布告が2025年9月19日に発表されました。この入国制限は、発効日時以降に米国外から米国への入国を試みるH-1B労働者に適用されます。一方で、すでに米国内にいるH-1B労働者には現時点では影響しないと見られています。しかしながら、この新方針の詳細が明確になるまでは、すでに米国内にいるH-1B労働者もアメリカを出国しないよう、海外出張は控えるべきです。一度米国外に出た後にアメリカに再入国しようとした場合、すべてのH-1B労働者がこの布告の影響を受ける可能性があるためです。
この新たに適用される10万ドルの支払いに関しては、H-1B雇用主は、国外にいる外国人労働者のH-1B申請を行う前に10万ドルの支払い記録を取得・保管する必要があるとしています。そして、国務省はこの支払いの確認ができた申請のみを承認し、国土安全保障省および国務省は、支払いが確認できない申請者の入国を拒否するよう指示されています。
当初、トランプ政権はこの新たな変更が新規のH-1B申請者のみに適用されると示唆していましたが、布告の文言はそれとは異なり、すべてのH-1B保持者が対象となることが示されておりました。これによりH-1B雇用主、労働者、弁護士の間で混乱と不安が広がっています。今後、詳細な情報が発表されるまでは、米国内にいるH-1B保持者は出国は避けるべきでしょう。
この新たな10万ドルの支払い義務の例外措置として、国土安全保障長官が「米国の国益にかなう」「安全保障上問題がない」と判断した場合は、個人・企業・産業単位で適用除外可能としておりますが、詳細なガイドラインは現時点では発表されておりません。
更には、H-1B申請で使用されている現行の「最低賃金水準(Prevailing Wage Levels)」を見直す規則改正を開始することや、国土安全保障長官が、高スキル・高収入の外国人労働者の優先受け入れに関する規則改正をするという内容も、今回の大統領布告に含まれております。よって、今後のH-1B申請がより難しく、また費用のかかる申請となることを示唆しています。
企業と弁護士団体が連邦裁判所へ訴訟の動き
本件に関して、全米移民弁護士協会(AILA)やシリコンバレー企業連合など複数の原告団体が連邦裁判所に提訴をしたことも報じられています。
- 大統領に議会の承認なしで新たな申請料を徴収する権限があるのか
- 行政手続法(APA)に基づく正式なルール制定手続を経ていないのではないか
- 突発的な実施が企業・労働市場に過大な損害を与えるのではないか
一部の裁判所では、一時的な差止め(TRO)を検討する段階に入り、今後の司法判断がH-1B制度の行方を左右する可能性があります。
まとめ:情報の曖昧さと拙速な施行が混乱を拡大
今回の一連の流れは、布告→施行までわずか2日というトランプ政権特有の”あいまいさを残したまま、スピード重視で発令し、現場は大混乱”という典型的なケースです。移民局と政権幹部の発言の食い違いや、現場対応の遅れ、海外滞在中のH-1B保持者の即時帰国などに発展しました。
さらには、今後の企業側のH1-Bビザの採用方針転換や、訴訟の急展開など、米国の労働市場に余波を与え、現状でも日々、アップデートがある状態です。
栗原先生も指摘するように、現時点では米国内のH-1B保持者に直ちに影響はないとされているものの、制度の運用や司法判断次第で状況が変わる可能性もあります。今後の追加ガイドラインや訴訟の動向を注視し、また「ハワイに住む」でもアップデート情報をお届けします。
執筆:ハワイに住む 編集部
情報協力:GO法律事務所 栗原先生